あの日といま

時が交錯する街を見下ろしたあの朝

Kento_fujisakiさん(@riruiron)がシェアした投稿 –

わすれるとか風化するしないみたいな単純な概念とは別にして、

遠くはなれた場所で日常に忙殺される人々にも、

あの日たしかに存在した自分に問いかけることはあるはずだ。

 

 

テレビが映画みたいな現実を伝えているのと

ネットの文字たちがそれ一色の話題だけに埋め尽くされていることを横目に、

知らない世界に来てしまったのだなと意識レベルで感知することはできた。

親族や知り合いがいるわけでもない遠い地の悲劇について思いを充てがわす時間と労力は、当時の若すぎたボンクラ学生の自分にとっての優先順位として高くなかった。せいぜい予定されていた、いくつかのイベントが自粛というかたちで立ち消えたくらいの影響だ。

自分にできることは寄付くらいだと、よくわからん無数の義援金窓口から、なんとなく信頼できそうな団体を選んでバイト代から雀の涙くらいの少額を振り込んだのも世間の支援ムードにのっかっただけで、ただ自己満足にひたり自分を安心させたかったのだろう。

 

なんてここまで悪意のあるかんじで書くと当時の自分に怒られるだろうか。

少なからず心いためて何かしらの力になれればという思いがあったことじたいは嘘ではない。

正確にいえば、地震発生直後よりも数日、数週間してからのほうが被害の規模や実態が徐々に見えだし、暖かくなりはじめた陽射しのなか、カウンターパンチみたいに鈍い痛みを感じたことを思い出す。

ただ、早い段階から支援のために現地に駆けつけた行動力のある一般の人々を横目に、目の前の自分の日常を消化する「その他大勢の人々」の一人であることには違いなかっただけで。

 

 

時を経て昨夏、はじめて被災地として括られる場所に行った。

名目はとある芸術祭にボランティアスタッフとして参加することだったが、知り合いもツテも全くないなか単身丸腰で乗り込んで一週間滞在した。(食住は支給あり)

普段は出不精で、のんべんだらりの極みみたいな自分が、たまに発揮する直感にまかせた謎の行動力(=いきあたりばったり)には自分でもほとほと参るところがある。

お金ないのに。

 

 

で、いざ現地に足を踏み入れた第一印象は普通にキレイだった。

少なくとも市街地周辺は。

まぁ震災後に立て直された建物がほとんどだから、そらそうなんでしょう。

それから人がめっちゃ優しい。明るい。

大阪から来たって言っただけで「ありがとうございます」とか言われるし、

わたし何もしてないのに。

 

決定的に違うところはというと

当たり前だけど全ての中心に「あの日」が存在しているのだ。

 

それは見えないけど、たぶん太い杭のように。

 

普段の生活や何気ない会話も意識も全部がその杭の周辺を回遊して成り立っているのかなと。

それが良い悪いではなく、ある種当然の前提のような冷静な距離感といった印象だった。

市役所の職員の方々と仕事をする機会があったのだが、

たとえば職員さんと地元の人たちの会話で

「ここは津波きたん?」

「きたきた」

みたいなやりとりがごく普通にあって、

よそ者のわたしにはハッとする瞬間があったりしたのだけれど

まぁ、そらそうだよなとか思ったり。

 

もちろんそれは、そこに至るまで本当に多くの出来事と困難、そして時間を経たがゆえのもので、わたしなんかには想像もつかないものだろう。

そしてそんな経験をされたであろう人たちから発される

強さ、暖かさ、前向きさに元気をもらったのはこちらだった。

職員のおっちゃん、いきなりアイス買ってきてくれたりね。

いや皆さんほんまにやさしかった。

 

 

もちろんまだまだ復興は途中で、問題も山積みで、大変な思いで生活している人もたくさんいる。

市街地はキレイだったと書いたけど、ちょっと車でいった沿岸部は急に建物も何もないみたいな光景があったりする。

言えるのは、それまでは遠い外国の戦争くらいの他人事感覚だったものが、急激に手の届く目の前の「自分ごと」に変わっていたということ。

 

一度そこに足を踏み入れた以上はもう他人事ではない。

 

とはいえ、自分の住む場所に帰り日常にもどると遠くなる。

どうしても。

大阪では日常会話に津波なんて出てこない。

毎日被災地のことを思い出す余裕もない。

そして年に1回の今日みたいな日になって、そやそやみたいに思い出してこんな風に書いている自分は、はたして何か変わったのだろうか。

 

 

いや、変わっているはずだ。

 

 

 

なぜなら、わたしが 3.11について書いたのはこれが初めてだから。

そう、もう他人事ではなく自分ごとだから。

 

なんとなくだけど

すんごい長い目で見るとか、

すんごい間接的なこととかで、

こんな自分にもできることが

あるようなないような

考えている。

 

今はわかんなくてもね。

 

そんで去年の夏のことはまた別の機会に書きたいよな。

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